5mm程度の歯周ポケットは必ず外科的に除去しなければならないのか
ls it necessary to get rid of about 5 mm gingival pocket by surgical operation ?
片山恒夫
ー歯周ポケットの外科的除去は、必ずしも永続的な歯肉の健康に寄与しないとの見解が、再び強調されてきつつある。この根拠および外科的除去に代わる処置法はなにか、またその臨床的限界はー
要約
歯周疾患治療に対する普遍的願望は、自身の歯で咀嚼できる再発のない回復である。
歯周疾患治療の普遍的目標は,歯周ポケットのない永続的な健康歯肉の回復である。
その方法の1つとして、外科的除去が行われるが,外科的に歯周ポケットを除去・消失させたとしても、処置後「永続的にその状態を保つことができる」とはかぎらない。
永続的に病因が除去されないかぎり(ポケット形成の病因が温存されたままであるならば)、より短期間に再発して歯周ポケットは必ず再形成される。
外科的処置によってどのように形態的に変化させたとしても、そのことによって病因プラークを永続的に除去することは絶対にできない。
永続的に病因プラークを除去することができるのは、患者自身の生活改善によるしかない。
患者自身でそれが(生活改善)できるようにしむける手段が必須初動準備処置であり、変わってもらうことが包括歯科医療の柱であり、健康生活の支えである。
歯周外科の回顧
歯周病治療に外科的療法が導入された昭和初期の状態は、「歯槽膿漏根治手術」と華々しく紹介され、盛んに行われ始めていたが、その結果は必ずしも期待どおりとはいえず、ひいては病因そのものがカルシウムなどの栄養の偏りなどからの全身的病変の現われとされるようになり、かえってよりいっそう局所的な病因を軽視する風潮を招いてしまったようにさえ思われる。
もともと、その時代の手術の結果は、局所病因の除去がなおざりにされていたため、短期間の再発・増悪であった。
その当時、慢性辺縁性歯周炎は歯槽膿漏といわれ、その病因は歯垢といわれながらも、近代文明生活謳歌の流れのなかにあって、食生活や不全咀嚼が歯垢の異常停滞を起こし、それこそが元凶とまでは考えず、歯周ポケットの存在が病根であるとして、外科的に除去すれば完全に治癒するとの考えから、根治手術とまでいわれていたことからみても、病因の歯垢に対処する考え方の曖昧さ、甘さがうかがえるであろう。
一方、歯牙う蝕症の原因は、醸酸能力の強力な口腔常住細菌の異常停滞、つまり歯垢の停滞とその病因を強める甘味食品に原因があるとして、歯垢の除去が初発、再発に対する予防手段の決め手として、3・3・3方式など口腔清掃運動が盛んに提唱され、学校保健、むし歯予防デーなどで推進されていた。
しかし予防は治療に直接かかわりないとして、また時間的、能率の点からも診療の場でブラッシングの指導など、いわれることはほとんど皆無であった。筆者は日常臨床の経験から、学童集団検診の結果からも、ブラッシングの励行は、歯肉炎をはじめ歯周組織の病変改善に目覚ましく効果することを確認しえたので昭和25年第4回公衆衛生学会に発表し、日常臨床にあっても病因除去(歯垢の除去)を治療の第一原則として厳守し、必須初動準備処置(initial preparation Goldman 1945)の主な1つとして適正なブラッシングの励行を習慣づけるペリオ治療の枠組を立て、治療だけではなく、再発防止の決め手として昭和2年ごろより過去40年間実行してきた。
適正なブラッシングの励行と同時に、最初から暫間固定などを行い、不当な咀嚼咬合圧の分散によって病変局所の安静を保持し、ブラッシングにより随伴的に生ずる刷過刺激が確実有効に病変組織への賦活的刺激として与えられることから、病因の歯垢除去、咀嚼咬合の安定、病変組織賦活の3方法を必須初動処置の柱とし、さらに全身の抵抗を高めるべく砂糖摂取制限、カルシウム補強の食事療法を加味した。
これらが、主に歯周病治療、増悪予防、再発防止、修復処置の二次罹患防止などのために行う、日常臨床に不可欠な必須初動準備処置である。
現今の歯周外科
近年、修復処置の保全のために歯周組織、特に歯肉の永続的健康保持が強くいわれるようになり、歯肉の健康化があらゆる修復処置の前提とされるようになり、種々の外科的処置が一般に行われているようである。
そこでどの程度ならば外科処置が必要か、あるいは外科処置に代わる確実な方法はなにか、が問われるようになり、歯周病の程度をポケットの深さで表わし、5mm程度のポケットを目安として、一般的に最も処置を必要とする、いいかえれば、悪化することの多い危険な状態として、このような状態の処置をどうするかが問題になっているように思われる。
5mm以上程度の深さをもつすべての歯周ポケットに対して、局所の炎症消退後外科的に歯周ポケットを除去し、付着歯肉の望ましい幅を確保し、歯槽骨、歯肉を整形することによって、生理的形態を確立すれば、咀嚼による食物の流れ(自浄作用)、あるいはブラッシングによるプラーク・コントロールとフィジオセラピーが効果的に作用するはずであり、したがって歯周病の再発は完全に防止でき、ポケットの再形成はない、との論理に立脚して、外科手術による歯周ポケットの除去と周囲組織の整形処置が推奨されてきたようである。
しかし、その成果を示す術後長期(5年以上)の観察報告はなぜかまことに乏しいようである。
したがって、良好な結果を永続させうるとの推測は、まだ十分に立証されたとはいえない。
この手術(歯周ポケットの除去とともに、病的に変形された歯周組織を整形する)が行われる必須条件として、「炎症の消退後に」としているが、病因を除去する処置と回復能力の強化を図れば、病変組織は変形を整形しながら消退するものである。
ここで問題の5mm程度の歯周ポケットも、5mmから4mm、3mmと回復・消退するものである。病因が除去された後もなお病変組織が消退せず、その病変組織の存在そのことが新たな二次病因を形成し、そのために病変が増悪、拡大する場合にのみ、治療原則(病因の除去)に従って病変組織の除去手術が正則治療として行われるものである。
しかし、臨床的に炎症の消退が認められても(みかけの治癒状態)、ポケットの同時的な消退か認められない(回復・消退が遅れる)としても、炎症消退の状態のもとでの歯周ポケットのそのような存在は、新たな二次的な病因とはならないし、病変の増悪・拡大することもない。
ただ歯垢の再付着、病因の再襲によって炎症が再発すれば、病変祖織としてのポケットが再燃・増悪・拡大するのである。
歯周組織の不正形に対する整形手術は、病因に対応し反応し防御するための炎症によって変化・変形した組織を、病因が除去され消退整復の途中に除去し整形する手術であって、治療原則を超えたこの処置は、多くの場合、治療目的の一時的達成を急ぐ便法として行われるもので、急速に目的に近づきえたとしても、便法自体に伴う構造的欠陥によって目標に到達することはほとんど不可能であろう。
このことは、長期経過のなかで評価の決まる歯科医療を受けもつ臨床医として、信頼関係をゆるがす再燃、再発の問題とともに心すべき重大点と考える。
原則を超えた便宜的方法としての手術治療処置の欠陥
- 構造的欠陥
病変歯周組織を切除し、生理的形態を与え、生理的作用の回復をはかろうとすることは、論理的にも実際的にも幻想である。
外科的に病変を除去する場合、周辺健康組織をも切り去ることは避けられない。
特に整形手術において移植などの処置が行われず、組織除去によってだけ整形しようとする場合は、当然欠損は著明である。
また外科的侵襲を受けた組織は治癒の過程で、付近組織に吸収される。
現今一般の歯周外科療法はこの2つの不可避的構造的条件によって、処置後必ず後遺症的組織欠損を残す。
- 永続して行う病因除去の努力を鈍らせる
そもそも本能的拒否感情を理性的に抑圧してまで、あえて観血的外科処置を決行する理由は、小を殺し大を生かす論理にある。
歯周疾患の外科療法について考える場合、より早く、より安楽に回復したい一心で、随伴する後遺状況を軽く考えるか、あるいは手術だけが回復の方法と考えてのことか、いずれにしても、歯を失いたくない思いから、あるいは欠損後の入れ歯のための長期の苦労に比べ、手術の苦痛は我慢しやすいという考えに立つ。
また余生の永続的な歯の健康な存続に、手術を受けることによってだけ好ましい状況が得られると確信すればこそ決行されるのであるから、必然的に手術後はこれで大丈夫、安心していられると、その効果を過信しやすい。
歯周外科によって歯局ポケットが除去され消失したとしても、治療後(手術後)はたして「永続的に歯局ポケットが消失された状態を保つことができる」かどうか、また手術をしない治療による場合の治療後の状態と比較して、どちらが「永続的に歯周ポケットが消失された状態を保つことができているか」については、2つの治療法による治療後の長期観察結果の比較検討が十分に行われていない現在では、証明が不十分で推測にすぎないとさえいえる状態である。
外科的処置は免疫的な状況つまり病因のない状態を、あるいは病因が存続しても、それに打ち勝つ抵抗力を有する状態をつくり出すことはできない。
したがって処置後における永続的な病因除去の必要性はなんら少しも変わらない(外科的盲嚢除去処置とともに、 あるいはその前後に行われる整形的環境改善手術によって良好な形態がつくり出されたあとですら、この点については有効性が乏しく無意味とも言える。
また特に強調されなければならない点は、手術によって良好な環境を得られたと自負し、安心することで、再発予防に対する行動を、ややもすると弱体化することである。
あえて手術を受けたとしても、治療後には受けない人と全く同様に病因除去の努力が必要だとするならば、何のために手術を受けるのか。
手術を受けるならば、治療後は楽なんだと思えばこそ我慢して手術を受けた。だから……と、その結果はかえって再発を容易にする。自然良能賦活治療を必須初動準備処置の柱として行う生活改善療法
*自然良能賦活治療:physiotherapy *必須初動準備処置initial preparation
以上述べた理由を根拠に、病因除去と病変局所の自然良能賦活の努力(適正なブラッシングの励行)を続けたならば、日々に好転する病状を認知することができ、そのことが健康づくりのための生活改善の努力に対するジャンプ台として作用し、生活習慣として定着するだけでなく、進んで根元的原因である食生活改善にまで自信をもって立ち向かい、結果はより永続的な、より良好な状況を生み出すものとであり、適正なブラッシングを療養として守らせ、定着、習慣づけ、臨床的治癒のあとは療養の延長として完治にいたるまでの期間、同様なブラッシングを養生法として守らせることにより再発を防止すること ー永続的に歯局ポケットが除去された状態を保つことー ができる。
自然良能賦活療法 片山概説
病因を排除し、抵抗力を増強する重要な治療および再発防止の根元的手段と、これらの方法を習慣化し、定着させる生活改善指導の最も効果的な方法の概略を述べるが、要は指導をお説教ではなく、時間を極端に短く感動的に納得できる方法でなければならない。
さもなければ実行も伴わず、効果も期待できるものではない。
病因の認知:位相差テレビ顕微鏡による自家歯垢の内容認知
歯垢停滞の場所と量の認知:顕示剤を用いての染め出し法による残留歯垢の量と位置の認知
病変組織の認知:歯周ポケットの存在と深さ、歯肉の浮腫、ポケットからの排膿、歯牙の動揺などの状態の認知筆者は、以上の3方法を臨床ルーチンとして、昭和23年より改善を加えながら実行している。
患者は、これらの新しい情報に接し、従来の自分のもつ知識との齟齬からくる動機が強化され、病因を除去しようとする行動が、危害逃避の本能的衝動を基盤として情動的に開始される。このチャンスを良導して、適正含嗽法とブラッシングを指導することから始まる生活改善指導は、病因排除の行動(生活改善)としてのプラーク・コントロールと、自然良能を賦活するブラッシングの刷過刺激付与による治療法の始まりである。
歯周治療の方法として一般にいわれるoral physiotherapyは、局所とりわけ歯肉に対してだけ行われる方法であって、他の歯局組織全体にまで直接作用するとは考えられない。
筆者がここで述べる歯周病変組織に対する自然良能賦活療法は、歯肉に対してだけでなく、周囲組織の歯根膜、セメント質、歯槽骨に対しても、暫間固定法、仮修復、仮義歯などを行ったあと、病因除去と組織賦活の治療処置が歯肉に対して行われると同時的に行われることをいうのである。
食生活改善の1つの導入方法
適正なブラッシングの所要時間の長さに困惑している時、それを短縮し、効果をあげる方法として、砂糖摂取制限の理由を理解させ、効果を体験させる。
そして、そのことから食品と歯垢の停滞との関連が理解されるが、食品の内容だけでなく、その形状・固さ・大きさ・噛む回数などが、歯垢の擦り取り作用に強く関係していることをも理解させなければならない。
このことは近代文明食のあり方、いうならば火食、軟食,高温食、甘味添加食品、加工食品、インスタント食品での食生活が口腔疾患の根元的病因であることを理解させることである。
食生活の改善が口腔局所の病因の排除だけでなく、全身的病弱(現今いわれる現代病,文明生活習慣病,生活由来性疾患)の原因を排除して、全身的抵抗力を高め、このことがまた口腔諸組織の健康化を果たす。これらすべてに理解を得る手段は、お話によるのではなく、権威が感じられる書籍、新聞記事などの貸出しによることの方が、時間、労力の点からも実行しやすく、かつ効果も上がる。
W.A.Price「食生活と身体の退化 —未開人の食事と近代食の比較とその影響—」全訳もこの「貸出し」目的で行われたもので、その結果、食品の見直しの効果は抜群で、完全に近いほどに十分である。
咀嚼改善への導入法
そもそもこの表題の表裏一体をなす歯科修復処置の保全については、歯科の存在そのものに関わる日常臨床の最重要課題でもある。
治療を受けるまでの長い間痛みや不都合を避けるために、偏った特異な噛みぐせが習性として定着する。
そのままの状態で修復補綴の処置が行われることの不合理さを理解させ、噛みぐせ直しを早く正しく行うために、なんの心配もなく食べやすくなった仮義歯の状態のもとで1口50回噛みを励行させる。次第に食品の内容と固さがいかに味わいに関わるかが理解され、そして食品の改善と1口50回噛みが数週間のうちに定着する。
その結果、歯周組織の歯肉はもちろん、歯根膜、セメント質、歯槽骨にまで正常な咬合刺激が加わることにより組織は賦活され、治癒を良導し、修復補綴の保全を全うさせるのである。この療法の臨床的限界
局所組織の抵抗力減弱は、その原因を除去し、機能の回復による生理的刺激、あるいはそれに類似する適当な刺激の付与によって賦活され、回復するものであるが、決して全身的な状況から離れて独自に消長するものでないことはいうまでもない。
つまり全身的な抵抗力の衰え、たとえば老化あるいは現代病とも直接的に関わる。とはいうものの、それらに対してまでの直接的治療は、歯科医療の限界を超える。
しかし食生活改善による全身的効果を口腔疾患治療を良導するために期待することは、重要不可欠な計画の1つである。
このような局所病因除去の習慣形成と根元的病因の除去、すなわち食生活改善が歯周病の治療だけでなく、一般修復,補綴治療に際してもどの程度まで行うことが出来るかについては、現行医療制度のなかでは確かに限界が感じられる。
しかし、この病因除去を始めとする根元的療法を省いての対症療法的欠陥医療は、医療経済の面からみても、社会の負担に対するモラルの問題や、現在の社会がどこまで負担に耐えられるかという問題に大きく関わっている。おわりに 包括歯科医療
病因を除去し、歯肉に不足がちの刺激を補い与える適正なブラッシングと、1口50回噛みの励行によって、さらに歯周組織のすべてに等しく不足がちな咀嚼刺激を、適正な咀嚼咬合により与えられることによって組織は賦活され、治癒が良導され、のちに修復は保全される。
これらが同時に関連して、自然良能賦活療法(Oral physiotherapy)として行われ、続けられることにより、治療開始前のブラッシング方法(生活の一端)は改善され、食品、調理法、噛み方を主とした摂食法まで変わる。すなわち食生活改善を主とした生活改善が定着する。
そして日々、病状は緩解し、その回復する状態を生活改善の効果として体験的に認めることは、健康づくりに向かっての生活改善に自信をもたせ、さらに新たな課題に向かっての意欲を喚起する。このような治療成功のための原因除去と、抵抗力増強のための治療処置を、患者の療養の課目として、共同して治療に立ち向かう患者としての役割として受けとめ、励み、永続実行することによって治療は成功し、再発を防止する。
やがて必ず家族一同にも生活改善が及び、初発予防の効果が現われる。
まさに包括歯科医療とプライマリー・ケアの実践である。
このような治療と再発予防、初発予防の包括歯科医療は、ただにその人の回復を良導するだけにとどまらず、家族から始まる地域医療の実践においても必要かつ効果的である。
このような生活の見直しと改善、医療の柱としての自然良能賦活療法は、現代病一般にそれぞれに適した方法により、すべてに行われる文明生活習慣病の根元的治療法で、疾病の回復だけでなく、真の健康に向けての出発でもある。
われわれ歯科医療担当者は、最も早くから文明病といわれる疾患に取り組んできたその経験を生かし、文明病一般の治療と予防の方法について範を示すことができるはずである。
生活信条や宗教の異なる多民族社会の先進他国において、生活改善指導に手をつけることは、およそ個人の指導力の限界を超える事柄であろうが、われわれ日本人の属する(合理主義信奉教の単一民族ともいえる)社会のなかでは、導入方法を改良することによって、生活改善を成し遂げさせる指導は可能である。医療制度が異なるだけでなく、それぞれに異なる文化をもつ集団のひとりひとりに対してであるために行れにくく、不合理、不十分とは知りながら、また完成に近づくための段階として行われている方法を、無批判に模倣することなく、われわれの氏族と社会に、可能にして有効な方法を確立実行すべきであると思う。
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生命があらゆる面で十全であるためには、母なる大自然に従って生きなければならない
Life in all its fullness is Mother Nature obeyed
Dr. Weston A. Price- 構造的欠陥